「人と機会に恵まれました」
『機動戦士ガンダム』『科学忍者隊ガッチャマン』『装甲騎兵ボトムズ』……アニメ史に燦然と輝く数々のメカをデザインしてきた大河原邦男氏。華々しいキャリアとは裏腹に、ご本人は驚くほど謙虚だ。
しかし当然、それだけではない。自らを「アーティストではなく職人」と言い切る氏の、仕事におけるスタンスや鉄則からは、ジャンルを問わずすべてのクリエイターが実践できるプロの在り方を見てとれる。
アパレル業界から未経験で飛び込んだアニメの世界で、どのようにして「メカデザイナー」として50年以上にわたり第一線で走り続けてきたのか。
近年の作品から、「大河原邦男がポートフォリオを作るなら?」という想定で選んでもらった代表4作品の舞台裏までをうかがった。
取材・執筆:しげる 撮影:宇佐美亮 編集:押剣山

服飾から一転、食べていくための「仕事」としてアニメ業界へ
──「メカデザイナー」という仕事に踏み出したきっかけについて教えてください。
大河原邦男:東京造形大学でテキスタイルを勉強していました。卒業の際にそれで「紳士服の商品企画で一番大きい会社はどこですか?」と先生に聞いたら「オンワードでしょう」ということで、オンワード樫山を紹介してもらったんです。紳士服のヤングマンセクションの企画室に入ったんですが、新入社員というのは生地の管理や、ボタンや裏地選びばかりで、あまり仕事を面白いと感じられなかった。なので、すぐに辞めてしまったんですね。
──大きくて堅い勤め先でも、つまらないとすぐ見切ってしまうんですね。
大河原邦男:その次もアパレルで、営業を担当していました。そこで出会ったのが今の妻なんですが、結婚するにあたって「夫婦で同じ会社にいるのもどうなのだろう」ということで、そこも退職して。それで仕事を探していたら、偶然、新聞広告でタツノコ(タツノコプロ)の求人を見つけたんです。当時妻が国立に住んでいてタツノコと近かったので、それならということで応募したのが、業界に入ったきっかけです。
──アニメの仕事がしたい、とかでもなく、住まいに近かったからタツノコに入社したんですね。
大河原邦男:入社してから、キャリアにおけるひとつめの分かれ道がありまして、当時自分は運転免許を持っていたんですね。だからタツノコに入社した当初は「運転できるなら制作進行に行け」と言われたんです。でもタツノコの取締役で、社長の吉田竜夫さんの弟である吉田健二さんに「せっかく美大を出てるんだから、背景の方に行きなさい」と指示され、それで美術課へ配属になった。その時の上司が中村光毅さんです。
──後に大河原さんと一緒にメカマン(株式会社デザインオフィスメカマン)を起業する中村さんですね。
大河原邦男:そうです。そうして中村さんのもとで背景を描くんですけど、これが難しい。当時の背景は使ったらすぐ処分してしまうものだったので、高い画材は使えなかったんです。だから安いポスターカラーで背景を描くんですが、これで風景を描くにはテクニックがいる。中村さんに教えてもらって3ヶ月くらい練習する必要がありました。
そのうちに、中村さんに「10月から新番組が始まるから、「タイトルロゴをデザインして。大学はグラフィックで入学してテキスタイルを学んだんでしょ」と言われて。それが『科学忍者隊ガッチャマン』で、主人公5人が鳥のイメージでということから、自分なりにデザインして「こんなんでしょうか?」って渡したらいきなり採用されました。
──ロゴに留まらず、『ガッチャマン』から早速メカデザイナーの道へ踏み出していくわけですよね。毎話登場する敵などのゲストメカが大河原さんの担当だったとのことですが、どういう経緯だったのでしょうか?
大河原邦男:美術課には10人以上いましたが、メカ好きが私以外に全然いなかったからです。美術系の大学の出身で、「本当は純粋芸術をやりたいけど、生活のためにアニメの仕事をやっている」という人が多かった。私は子どもの頃から機械を分解したりするのが好きでしたから、「じゃあメカデザインはお願い」ということになり、何にもわからないけどとにかくやってみたという感じです。『ガッチャマン』は全105話、8クールという長さでしたから、その間に自分なりにデザインの方法論などを勉強しました。。
──「クリエイター志望」というよりは、完全に「仕事」としてこの道に入られた感じなんですね。
大河原邦男:そうですね。仕事を始めた時には結婚していたのが大きかったです。妻や子どもを食わせなきゃいけない。でも、やっていて面白かったのは間違いない。だから続いたんだと思っています。
引退とは無縁 何事も、楽しんで取り組む
──その後のメカデザイナーとしてのご活躍は広く知られています。まずは、近年の大河原さんのお仕事について教えてください。例えば、東京都稲城市の公式イメージキャラクターの「稲城なしのすけ」は大河原さんのデザインだそうですね。
大河原邦男:うちは代々、江戸時代から稲城に住んでいるんです。父親からは「せっかく面白い仕事をしているんだから、自分の生活に不自由しなくなったら、地元のために色々やりなさい」と、ずっと言われていました。なので、稲城なしのすけなど稲城市の仕事はすべてボランティアでやってます。「大河原は稲城市の仕事で悪どく儲けてるんじゃないか」とか言う人もいますが、逆に寄付しているくらいです(笑)。

──近年のお仕事でいうと、2024年に公開されて大ヒットした映画『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』もありました。
大河原邦男:あれも、本当は20年前に上映するはずの作品だったんですけどね(『機動戦士ガンダムSEED』および続編『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』が放送されたのは2002年から2005年)。諸事情あってペンディングになっていたのが20年経って動き出した。懐かしい気持ちもありましたが、今のメカはシルエットが格好いいことに加えて、模型にした時の作り甲斐や見栄えも求められますから、『SEED FREEDOM』に関しては現在のファンが求める立体物のラインに落とし込むことも意識しています。ただ、福田(己津央)監督もメカに関してはしっかりした考えがあるので、基本的には「こういう感じのメカがほしい」という監督からのオーダーをブラッシュアップして、完成まで持っていくのが私の仕事でした。
──福田監督の案に沿って形にするのが最優先だったわけですね。あとは2026年4月に発表されたばかりの「みんなのハロ」プロジェクトも、最近のお仕事になるかと思います。『機動戦士ガンダム』に登場するハロの形をした自立型ロボがISS(国際宇宙ステーション)に長期滞在するそうですね。
大河原邦男:博報堂さんと、筑波にあるベンチャーのスペースエントリー社さんからの「宇宙ステーションに滞在する球体型ロボットを開発したい」という依頼から始まりました。自分で一からデザインするという手もあったのですが、直径がおよそ20㎝のロボットを宇宙に打ち上げるという企画書を見た時点で「これはチャンスだ、ハロにしよう」って思ったんですね。ハロにしなければバンダイナムコを巻き込まずに済んだのですが(笑)。
──もう、一眼見た時から「ハロしかない」と。

大河原邦男:「ハロが宇宙に行く」というのを、アニメを飛び出させて本当のことにしたいと思ったんです。その場でプロデューサーに電話して承諾を得て、ハロに決定しました。ただ、ロボットには必要な機能がいっぱいあって、それを全部搭載すると形がハロから離れてしまう。だから例えば、ハロの口にあたるラインをグッと太くして、その中にカメラを入れたり。宇宙ステーションの中を移動するために空気を吹き出すスリットも、最初は四角かったのを丸い形にして、ハロのほっぺに見えるようにしたり。ちゃんとハロに見えるように工夫しています。
──そのあたりのデザインの調整は、柔らかくてコミカルなメカも得意な大河原さんの独壇場ですね。
大河原邦男:誰が見てもニヤッとなるような、「これはハロだよな」と思ってもらえるようなものを目指しました。でも、私の独りよがりでは実際に稼動するハロは作れません。向こうのエンジニアと「この形だったら部品が入る」とか「どうしてもここにスリットが必要だけどなんとかならないか」と、細かくやりとりしながらまとめています。年内の打ち上げなので、のんびりしていられないですね。他にも、西武鉄道からの依頼で「ニューレッドアロー」という電車の座席やトイレをデザインさせていただいたり(2028年運行開始)、ルアーとか、お酒のパッケージとか、近所の薬局の建物に貼るカッティングシートのデザインとか、最近も色々やってます。
──大きなプロジェクトから身近なものまで、かなりお忙しいんですね……。しかし、大河原さんのメインフィールドはあくまで「アニメに登場するロボットのデザイン」だと思っていたので、商品のパッケージや鉄道のインテリアなどもデザインされているのは少し意外です。
大河原邦男:結局、アニメ1本作るのに必要になるデザインって、ロボットだけではないんです。劇中にお酒が出てくるならそのボトルもデザインしなければいけない。「ロボットだけ」みたいな境目はないんですよ。私は要望があれば何でもデザインする。それがアニメの中に出てくるのか、実際の商品になるかということしか差はありません。
──タツノコ時代から何でも幅広くデザインされてきた経験が生きているわけですね。もうすでに50年以上お仕事をされておられますが、引退をお考えになったことなどはないんでしょうか?
大河原邦男:私には、自分から「これがやりたい」ということがほとんどないんですよ。だから、引退したら何もやることがなくなっちゃう(笑)。どんな仕事でも面白がってやる性分なので、皆さんが企画書を持ってきてくれて、初めてワクワクできる。近所の薬局のカッティングシートのデザインも、タダでやってるんです。押しに弱いので(笑)。
──タダですか!?
大河原邦男:そうなんです。フォトショップで素材を作ったんですが、実際にドアに施工するとなったら「このファイルサイズでは小さすぎてダメ」と言われて、幅2メートル以上ある完全に原寸大のデータを作ったら、重すぎてパソコンが動かなくなったんです。でもこれで「カッティングシートの印刷用データ」の作り方がわかりました。何事も勉強になるから、場合によってはタダでもやる。仕事だったらなおさら選り好みせず、何を頼まれても楽しみながらやる、くらいじゃないとダメだと思っています。